お友達(だと勝手に思っている)出口さんの記事
http://funnis.net/blog/knowledge/webjirei-faq/

がいつもわたしがクライアントさんに伝えようとしていることなので、
紹介&わたしなりの切り口を。
 
結論はタイトルの通り。なんですが。
もうすこしつっこんで。
 


「ユーザー目線」「顧客目線」

「ユーザー目線」「顧客目線」ということばをよく使いますが、
結構むずかしいものです。
 
たとえば、私たちのようなWEBでの発信を生業としている者からすると、
お仕事をご依頼いただくクライアントの方々は
わたしたちにとっての「ユーザー」であり「顧客」です。
わたしたちWEB屋にとってクライアントの考えていることを追いかけるのが
「ユーザー目線」や「顧客目線」なわけですね。
 
ところが、WEBでの発信を生業とする者にとっては、
「顧客の顧客」もユーザーだったりするわけで、
2つの「顧客」「ユーザー」の意味に振り回される毎日です。
 
わたしはECサイトのコンサルを特に得意としていますが、要するに物販です。
多くのクライアントさんの運営を手伝う中で、
正直なところ「なんでそれ仕入れたん?」という疑問にぶち当たることが多いです。
もはや上記の2つの「顧客」の「目線」に立っただけでは
大変失礼な物言いになってしまいますが、
ぶっちゃけ「理解することが不可能」なんです。
 
おそらく物販に限らず
「なんでそんな企画した?」とか
「どこからそんなアイデア湧いてきた?」など
到底理解ができないことがたくさん出てきます。
 
これは「顧客の顧客」ではさらに課題が追加され
「なんでそんなクレーム言わはるん?」とか
「なんでそんなの買わはった?」とか
(出口さんが関西の方なので、関西風に書いてしまいました)
 
いずれも「人智を超えた」(大げさだ)行動です。
 


重要なのは「立場」

ここまで書くとまるで、出口さんの記事を否定するかのような書き方ですが、
いえ、そんなことはなく、むしろ出口さんの記事にヒントがあります。
 
「歯医者さんを探しているAさんの場合」の項にある「ストーリーを考える」という点です。
出口さんはおそらく、ご自身では気づかず無意識に「顧客」「ユーザー」の「立場」に立っているということ。
この点が重要です。
 
わたしが尊敬している経営者のひとりにセブン-イレブン・ジャパン鈴木敏文会長がいます。
鈴木会長は、経営に関して
「顧客のために」と「顧客の立場に立って」は同じような事を言っているようで、
実はぜんぜん違うことを言っている
とおっしゃっています。
 
前者はどちらかというと物質的観点から「考える」。後者は心の動きを「感じる」。
そうです「考えるな感じろ」(ブルース・リー)です。
 


データに縛り付けられていないか?

「ユーザー目線」ということを話のネタに持ち出すと、
「自分が見たことのある顧客の行動」をトレースしたがる方が非常に多いです。
それが間違いかというと、そういうわけではないですが、
わたしは「それはちょっと決めつけではないか?」と思うのです。
 
たとえばですが、クリスマスの商機のことを考えると
2010年12月24日に向けたクリスマス商機と、
2011年12月24日に向けたクリスマス商機。
同じデータが使えるでしょうか?そうです。あの震災を挟んでいます。
もはや過去のデータは使えません。
2010年に見た顧客の行動は様変わりしているは想像に難くないです。
もはや日本全国津々浦々にいらっしゃる方々のきもちを想像することしかできません。
 
わたしは基本的な立場として、「戦う」ということを是としません。
「勝つ」という行為は疲弊を呼ぶからです。
それについては、また別の機会でお話するとして、
もし、わたしが「戦う」ということばを使うとすれば、
それは顧客の予測することなどできない気持ちと行動に対してだけです。
 
データとして予測することができなければ、
その立場になってひたすらに「感じていく」だけです。
 
出口さんの記事を読んでいると、顧客やユーザーが、
歯医者に行くのにご覧になっている風景、
もしかするとあなたが普段行っている歯医者で聞く音
などを感じ取れるのではないでしょうか。
そこに広がる気持ちのなかにある「疑問」を解消していく。
それが、出口さんのおっしゃることだと思います。
 


誰もがわがままな顧客だ

そんなこと言ったって、見たことないんじゃわからないよ。
こんな風におっしゃるかもしれません。
 
おそらくそれは、本気でその立場になろうとされていないからでしょう。
何故かと言うと、職業において、
たとえWEBで情報発信する側に立っていようが、
たとえ店舗である商品を売っている立場に立っていようが、
ほぼほぼ100%の人は、消費をする側やサービスを受ける側に立った時点で
「わがままな顧客」になります。
 
わたしたちが住まう日本は、モノもサービスも飽和しているのは、周知の事実です。
つまり「明確なニーズ」が存在しません。(全くしないと言い切るとウソですが)
お金を払う対象は

  • 「ほしい」と思ったものを買う。
  • 払う対価に対するフェアな価値があるから買う。

という条件を満たしているものがほとんどです。
 
このような市場においては、
顧客は1回あたりの取引に関して対価と平衡する価値、
つまり1,000円払ったら1000円分の価値を全力で求めてくると同時に、
次回以降は、それをわずかに超える価値を求めてきます。
 
そんなバカなと思うかもしれませんが、
たとえば飲食店に関する会話で、
飲食店の顧客が増えたことで
「あの店味落ちたよね」とか「サービスの質落ちたよね」とか
という言葉をよく聞きますが、
実は、以前のサービスレベルや味を保っているケースは、案外多いものです。
場合によっては、顧客が増えたことで、
味のブレがなくなったり、提供される量が安定したことを
「質が落ちた」と評価していることすらあります。
(漫画『美味しんぼ』にも似たような話が何回か出ています)
 
「おれはわがままじゃない!」と言って気を利かせてることが
意外に店にとっては迷惑だってこともあるかもしれません。
 
つまり、消費を経験しているほとんどの「ヒト」は、
顧客側に立つと「わがままな顧客」であり、
「わがままで自分勝手な顧客」が存在するのは、
むしろ自然なことなんです。
 
 
だったら、それを逆手にとって、
おもいっきりわがままな顧客の立場に立つと、
案外、いろんな疑問が湧いてきたり、
思いもしなかった要望が浮かんできたりするものです。
 
これをコンテンツとしていけば、
顧客の先を行く顧客としてコンテンツを提供していることになるので、
有用なコンテンツになり、ブレない方策を考えることになると思うわけです。
 
現場からは以上です。