わたくし、いま(2015年6月25日)沖縄県宜野湾市に10日ほど滞在し、
平日はGwave 宜野湾ベイサイド情報センターのインキュベーション施設に
ドロップイン利用にて仕事をしています。
こちらでの仕事の感想はまた別のブログにて報告しようと思いますが、
今日は6月23日の「沖縄慰霊の日」に沖縄県内にいた感想をまとめようと思います。


平和な県民の休日6月23日

わたし、沖縄県フリークでございまして(よく知られた話ですが)、今回の沖縄県訪問が27回目です。
うちなーんちゅ(沖縄県人)の友人に「ほとんどうちなーんちゅ」と言われるほどで、
愛知県の沖縄県人会に登録なんかしちゃったりなんかするわけですが、
はじめて慰霊の日に沖縄県に滞在しているのは初めてです。
 
6月といえば内地(本土)では梅雨。沖縄県も梅雨があけるかあけないかのころ。
気温はすでに真夏。に、加えて梅雨の湿気もあり、
気候はエアコンの文明がなければなかなかに過酷なものです。
 
先の大戦にて沖縄戦が行われた70年前。
この過酷な気候の中「なにもない。なにもできない。」生活では、
本当に生き延びることだけでも過酷だったのは、想像に難くないです。
内地にいる時でもそう思いましたが、こちらでこの空気を感じ、
その重みを感じました。
 
6月23日は沖縄県内では、条例により「慰霊の日」として県民の休日で、
学校は休日、企業も一部は休日です。
この日は朝から子どもたちがあちこちで遊んでおり、
本当に安寧な風景が広がっていました。
 


平和と重い空気が広がる独特さ

そんな子どもたちが平和に遊んでいる風景とは裏腹に、
県内の放送局や、沖縄県の二大新聞「琉球新報」「沖縄タイムス」などは
前後数日にわたり、慰霊の日を特集し、
ラジオは、沖縄県糸満市摩文仁にある平和祈念公園にて行われる式典を生放送するなど、
言葉では言い表せられない重さも感じました。
 
わたしは、ラジオを聞きながら仕事をしていたのですが、
沖縄県民もまだまだまだまだ知らないことがたくさんあって、
沖縄県民もまだまだまだまだ語っていないことがたくさんあって、
沖縄県民にとってはまだまだまだまだ戦争は続いている
と感じてしまうそんな放送がたくさんありました。
 
その中でも、
あるパーソナリティが言った
「語れないということはさ、僕たちの世代が理解しなきゃだめだよね」
という言葉には非常に胸が詰まる思いがして印象的でした。
 
あるパーソナリティは、
慰霊の日のことに関しても明るく放送をしていたのですが、
(おそらく年齢も若めだと思う女性です)
あるタイミングで
「戦争をはじめた人はさ遠く守られたところにいるのにさ、
国のためだと思って必死に戦った兵士や、
国のためだと思って必死に協力した市民は簡単に死んだんだよ!」
って口調を荒らげたことには衝撃をうけました。
 
内地で8月15日の終戦の日に関して特集を組む放送局は
たくさんあると思いますが、
こんな放送をすることは、
少なくとも僕は見たり聞いたりしたことはないです。
 


うちなーんちゅから聞いた話

何日間も沖縄県にいれば、当然ながらうちなーんちゅとの会話もあります。
その中でもいろいろな話を聞くことができました。
 

県民のおはなし1

沖縄県では地下鉄や都市ガスを整備することは難しいという話を聞きました。
地形が変わるほどの砲弾が打ち込まれた沖縄県本島では、
不発弾が相当な数埋まっています。
自衛隊による、不発弾処理は日常茶飯事。
場所によっては「掘れば出る」というレベルで、
一部では都市ガスの整備が行われている地域がないことはないですが、
那覇市でもほんの一部の地域で、
全市にわたって整備は事実上不可能。
地下鉄なんてもってのほかなんだそうです。
 

県民のおはなし2

沖縄県本島では、ほぼすべての家庭が、先の大戦によって
重く悲しい思い出をもった家庭です。
でも、ほとんどの人は「話さない」「話せない」。
そしてそれが普通。
ないちゃー(本土の人間)にはそのことが理解できない。
というか、理解する方法がない。
沖縄県といえば平和祈念公園であったり、ひめゆりの塔が
クローズアップされがちで
ないちゃーも観光として、それらにいくわけだけれども、
沖縄県全島にわたって様々な慰霊碑、慰霊施設があり、
沖縄県民にとってはどれも等しく重んじるべき施設。
そして、どれも「悲しい沖縄の一面」なので、
いくら慰霊の日だからといって、
ないちゃーの人にはそういうところにいくのではなく、
楽しい施設にいって楽しんで欲しい。
沖縄は観光立地の島だからね。
 
 
などなど、沖縄県という場所が
まるで戦争遺跡のような場所になりつつあり、
でも、うちなーんちゅは明るく楽しい海の美しい
みんなが平和に過ごせる場所を目指している。
そんな気がしました。
 


新聞に踊る「平和の政治利用」の文字

6月24日の沖縄県内の新聞は、全体に渡り
6月23日の平和祈念式典の内容が書かれています。
首相や沖縄県知事の言葉を一文一句ちゃんと書かれており、
しっかり分析もされていました。
いずれの言葉に対しても「平和祈念式典を政治利用するな」という論調で書かれていました。
正直なところ、わたしはどのような意見もつけられませんでした。
本当に沖縄の問題はむずかしい。
 
平和祈念式典に際して、
若者ないちゃーが野次を飛ばしたところ
若者うちなーんちゅが「あんたらうちなーんちゅじゃないだろ!黙っていろ!」
と言ったという報道もされていました。
 
繰り返すけれども、沖縄の問題は本当にむずかしい。
でも、今回の滞在で沖縄県の抱える最も大きな問題がわかった気がします。
「沖縄県の問題は、沖縄県の問題なのに、沖縄県民の問題として扱われない」
ということなんだろうと思います。
 


わたしができること

内地の人間のひとりとして
沖縄県の問題に際してできることってなんだろうと考えると
あまりにも力が小さい。
そして何より「そもそもの理解ができない」と思います。
 
だったら、沖縄県を平和に楽しむしかない。と思うわけです。
うちなーんちゅは、とってもシャイで本当にやさしい。
いわゆる「ヤンキーっぽい」人もたくさんいるけど、
その中身はとても丁寧だったりして(笑)
 
ある、うちなーんちゅが言っていた話があります。
 
沖縄県民はさー、とってもシャイでいい人ばかりで商売が下手なんですよー。
本当に赤字になってもいいっていう感じの仕事をすることもある。
内地の人は沖縄県に移住してきてとってもうまく商売をやってる。
内地の人は自己顕示がうまいさー。
ないちゃーもうちなーももっと楽しく交流して、
明るくて楽しい沖縄になればいい
 
まったくもってその通りです。
だって、沖縄県だって日本の一部じゃないですか。
沖縄県が独特の文化をもっているのは確かだけれども、
やっぱり日本の一部じゃないですか。