親愛なるフジタさんが主催のアドベントカレンダー2019「ドアカン」12/14の記事です。自分の好きなことを語れという指示。難解なアドベントカレンダーだ。

僕にはいろいろな好きがあるものの、今回はWANDSについて書こう。WANDS好きが淡々と語るだけの、90年代J-POP好きに送るWANDSのすべてだ。というか、実際は、アドベントカレンダー主宰のフジタさんだけが読めばいいと思っている。

なお、この記事に書かれていることは、筆者の主観であることをお断りしておく。

第5期発動!

WANDSの第5期が発動というニュースが2019年11月突如発表された。何というおっさんホイホイ。
なんでも3代目ボーカルとなる若いボーカリストを迎えての再出発。その他のメンバーはギター柴崎浩(1期2期・近年ではTM.Revolutionのサポートギターとして名を馳せている)、キーボード木村真也(2期3期)という布陣。WANDSの血脈をしっかりととらえたメンバーでの再始動といえる。

そもそもWANDSとは

WANDSは、1990年代のJ-POPのヒットチャートシーンを支えたBe-ingグループ発のロックユニット。

中山美穂と一緒に世に放った「世界中の誰よりきっと」

三井生命のCM曲として初のミリオンヒットを飛ばした「もっと強く抱きしめたなら」

アニメスラムダンクのEDテーマとして大ヒットとなった「世界が終わるまでは」

あたりが代表曲。上記動画をご覧になれば分かる通り「ロック」というよりは、「80年代アメリカの商業ロックの影響をうけたデジタルポップ」というほうが、イメージとしてはしっくりくる。

1991年にデビューし、

  • Vo. 上杉昇
  • Key. 大島こうすけ
  • Gt. 柴崎浩

の3人でシングル3枚を発売。ミリオンヒットとなった「もっと強く抱きしめたなら」を最後に、大島こうすけは脱退。ここまでが第1期。(しかし、大島はWANDSに楽曲提供として第2期以降もWANDSに関わっていく)
その後、大島はYAMAHA音楽院という専門学校の友人であった木村真也を後任として紹介し

  • Vo. 上杉昇
  • Key. 木村真也
  • Gt. 柴崎浩

の3人で、第2期WANDSとして活動した。なお、柴崎浩も同専門学校の卒業生である。WANDSとして知られる最も有名な時期がこの時期で、曲の作家陣もヒットメーカーと言えるクリエーターに支えられた時期でもある。「世界が終るまでは」の作曲はJ-POPのヒットメーカー重鎮の織田哲郎、多くの編曲にはB’zの育ての親である明石昌夫、ZARD大黒摩季など90年代のBe-ingのサウンドそのものを支えた葉山たけしなどがその代表だ。

また、第2期までの楽曲のほとんどがボーカリスト上杉昇の作詞で、この時期上杉は、DEEN・ZYYG・manishといった、Be-ingの他のアーティストへも詞を提供している。

しかし、1996年上杉昇と柴崎浩が脱退、木村一人となり、1997年新たなボーカリストとギタリストを迎えて第3期WANDSが活動をはじめる。

  • Vo. 和久二郎
  • Key. 木村信也
  • Gt. 杉元一生

の3人だ。ボーカリストの和久は元ジャニーズjrだ。第3期WANDSは従来のデジタルポップ路線をより強く押し出し、作家陣には、デビューしたばかりの小松未歩、後にGARNET CROWになるAZUKI七などが参加した。第2期までは既存Be-ingのヒットメーカーによって人気を支えられていたのに対し、新人作家を迎えてユニット活動をしたという点が、第3期の活動において特筆すべき点だ。この新人作家陣の名前を聞くとピンと来る人はいるかもしれない。名探偵コナンの主題歌を歴代支えている作家陣でもある。第3期WANDSは2000年代以降のBe-ingの実験的ユニットでもあったのだ。

しかし、日本のマーケットにおいては、ボーカリストの交代は、あまり受け入れられず、2000年WANDSは解体をする。

なお「WANDS」とはBe-ing主宰である長戸大幸が、理想を意味するタロットカード「wand」から着想を得て命名。第3期までのメンバー名を見ると分かる通りボーカリストとギターが「W and S」の関係であるというダブルミーニングとなっている。(上杉昇は現在に至るまで「WesugiSho」と綴っているが、正直なところ後追い感は否めない)

WANDSのイメージ

ここまでで再始動前までのWANDSの歴史をかんたんに書いたわけだが、世間一般的なWANDSのイメージは大きく3つに分けられる

  • ボーカリスト上杉昇が歌手として活動するためのユニット
  • 上杉昇が書いた詞によって世界観が作られるポップユニット
  • Be-ingがプロデュースする、ハードロックがベースとなったデジタルポップユニット

といったところだ。

圧倒的多数の人が「ボーカリスト上杉昇が歌手として活動するためのユニット」と捉えていると思う。また、上杉昇の書く詞が好きだという人もかなりの数がいる。つまり、WANDSのイメージはかなりの人が初代ボーカリスト上杉昇にイメージを重ねる

しかしながら、前述の通り、メンバーの変遷をたどると、大島・木村・柴崎という専門学校時代の人間関係によって作られているユニットとも捉えられ、彼ら3名はスタジオミュージシャンや作曲家としての基本的スキルがある、この3人にBe-ingがJ-POPのデジタルポップのあり方を投影したユニットとも考えることができる(とすれば、第3期は立派なWANDSなのである)

WANDSと上杉昇の関係は、このあと、メンバーを個々に書いていくところで明らかにしていくとして、アーティストのあり方を外野がとやかくいうのは、なんだかアレなわけだが、それにしても、WANDSの歴史は、日本のJ-POPシーンにおいてや、やや特異な存在といえるのではなかろうか。

各メンバーの個性を見ていこう

ここからは歴代メンバーを一人ずつ見ていこう。

上杉昇(WesugiSho)


上述の通り、多くの人がWANDSの象徴と捉える、初代ボーカリスト。日本の代表的ヘビメタルバンドLOUDNESSに憧れ、Be-ingの門を叩いたことが、キャリアのスタートと言われる。パワフルな声はもとより、繊細な歌詞も人気を誇る。上杉は、WANDS時代を「アイドル時代」と自称するように、J-POP丸出しのWANDSのあり方と、ロッカーである自分との葛藤の末に、1996年WANDSを脱退する。しかし、彼自身WANDS時代のことを否定するようなコメントは「アイドル時代」という言葉以外にはなく、近年のインタビューでは「今の自分がやろうとしていることは、WANDSに近づいているのかもしれない」という主旨のコメントを残している。生粋の音楽家なのかもしれない。

いくつものヒット曲を作った織田哲郎も上杉の才能には特別な思いをもっており、

2012年のAnimelo Summer Live 2012 -INFINITY∞-では、初の共演を果たしている。上杉昇というボーカリストについて語ると、WANDS=上杉昇というよりは、駆け出しのWANDSというプロジェクトが一人でもやっていけるボーカリストである上杉昇を欲しがったという感じがする。

WANDS脱退後は、一人のシンガーとして活動する傍ら、X JAPANのPATAとコラボCDを出すなど、さまざまなロックの取り組みを行っている。

WANDS脱退後「猫騙」というバンドを組み、ツアーを行うことになった際のインタビューでは「WANDSに入ってよかったこととしては、警察に職質受けた際にWANDSやってましたっていうと、すぐに解放される」と語っている。警察の立場になれば、こんな風貌の人が、未明の時間にひと気のない場所にいたら、そりゃ職質くらいはするだろう。

柴崎浩


年齢50歳にしてこのかっこよさである。うらやましい・・・。あ。いや。そうではなくて…
1、2、4、5期のギタリスト。ヤマハ音楽院卒業。学生時代にスタジオワーク(主にレコーディングにおける演奏業務のこと)の基礎を覚え、プロを目指したとのこと。
ハードロックよりも、アメリカはLAのセッションミュージシャンに影響を受けており、本人はマイケル・ランドウの影響を強く受けているといっている。


このソロワークから聞いて分かる通り、音楽性はかなり玄人な志向である。同じBe-ingのギタリストとして、長く活躍するので有名なのはB’zの松本孝弘だが、愚直なまでにロックをストレートに表現する松本のとは、かなり対照的なギタリストといえるだろう。
大ヒットとなった「もっと強く抱きしめたなら」や「世界が終わるまでは」は、ギターを除いた編曲は、かなり隙間の空いた編曲となっている。しかしそれでもヒットにつながったのは、間違いなく柴崎の細かいニュアンスを出すプレイイングが耳に心地よいものであるからだと思っている。

上杉昇がいなくなってしまったWANDSに興味がなくなってしまった彼は、WANDSを脱退し、上杉昇とともにal.ni.coというバンドを組むが、上杉のオルタナティブ・ロック的志向と、柴崎のAOR的志向は徐々にズレてしまい、al.ni.coも解散。
柴崎浩の名前がもっとも世に広がったのが、その後の、TM Revolutionのサポートギターとしてだろう(それくらい上杉昇の個性は際立っていた)。TM Revolutionの西川貴教がabingdon boys schoolというバンドを組んだ際に、柴崎は再び表舞台に。

その後、2019年WANDSに戻る。

大島こうすけ


あえて言おう。なんだこの髪型は!!(と、当時も思った) 左に写っているのが大島こうすけだ。
1、4期のキーボーディストである。柴崎と同じくYAMAHA音楽院出身。日本を代表するヘビメタバンドであるLOUDNESSのサポートキーボーディストとして、キャリアを積んだ後に、WANDSを結成。「もっと強く抱きしめたなら」をリリース後、脱退。これからお金儲けができるというタイミングで!!とは思ったり思わなかったり
WANDS脱退後は、アイドルに楽曲提供を行ったり、自身のユニットを活動させたりなど、多岐に渡る音楽に携わる。中でも、ジャニーズアイドルである嵐に提供した「Dear Snow」は50万枚を越えるヒット曲となった。現在ではB’zの稲葉浩志のソロプロジェクトのサポートキーボーディストなどに携わる。キャリアを考えると、WANDSの歴史の中で最も多才なメンバーであったといえる。
現在の見た目は

こんなかんじ。ファンキーな嘉門達夫…いやなんでもないです。
2014年イナズマロックフェスにて、柴崎浩と、後任のキーボーディストである木村真也とばったり会い、YAMAHA音楽院の頃以来という3ショットを公開した。

うん。やっぱり大島だけがぶっ飛んでいる。

木村真也


ちょうどいい写真がなかった。。。WANDSが現在まで続いた立役者である、2代目キーボーディストだ。上杉柴崎が抜けたWANDSをWANDSとして、存続させたのが木村だ。
この写真の通り、90年代前半のシンガーソングライターブームを、そのまま引きずってWANDSをやっていたような気もしなくはないが(大江千里とかその辺のかんじ) 柴崎、大島と同様YAMAHA音楽院卒業。学年では柴崎と同い年だが、WANDSへの加入は大島の紹介で加入している。
メガネは伊達メガネ。

主張はせずに縁の下の力持ち的な立ち位置で、プレイイングをするタイプだが、90年代J-POPには必須なスキルだったと思う。(ちなみに全然関係ないが、この文章を書いている私もかつてはキーボードをやっていたが、完全に木村と同じタイプである。ので木村は尊敬している)
木村が作曲した「MILLION MILES AWAY」は初代ボーカリストの上杉と、2代目ボーカリストの和久二郎がそれぞれレコーディング音源として、残しており、WANDSの音楽性の貫き通す部分と、変わっていく部分をそれぞれ体現した音源となったことは、特筆すべきことであろう。

こちらにボーカルバージョン違いがアップされている。ボーカルの違いもそうだが、ギターソロで表現していることの違い、ピアノソロの有無での木村自身のスタンスの違いなどがかなり明確になっている。

和久二郎


2代目ボーカリスト。本名は松元治郎。WANDSに加入するにあたり「W and S」のダルミーニングを維持する目的で芸名を「和久二郎」にしたと言われている。


元ジャニーズJr.で、光GENJIのバックダンサーを努める「平家派」のリーダーでもあった。


1997年WANDSのボーカリストとしてデビュー。ファンとしてはかなり驚いた。ドラゴンボールGTの主題歌として20万枚のヒットでデビュー。それなりに世間には知られたはずだが、WANDSのボーカルが変わったことに気づいていない人たちもいるなど、声の質は上杉昇に近い。しかし一部では「モノマネ」と揶揄されるなど、圧倒的な存在感である上杉との違いには苛まれただろうと思われる。

遊戯王の主題歌となった「明日もし君が壊れても」は、広い音域とパワーで、初代上杉とは違った存在感を見せた、第3期WANDSの集大成的作品だと言える。
事実、上杉はLOUDNESSやカート・コバーンなど思い切りロックを突き進むものに影響を強くうけているが、和久はサミー・ヘイガー(exヴァン・ヘイレン)や稲葉浩志など聞き手にわかりやすい形で音楽を伝えるタイプのボーカリストに影響を受けており、ボーカリストとしてのスキルセットは、この二人は全く逆の方向を向いているといえ、Be-ingが求めるWANDS像は、実際のところは和久が表現することのほうが、上杉のやりたいことより近い。
WANDS解体後は、バーのマスターなどもしていたが、現在は、シンガーソングライターとして活動。

杉元一生

2代目ギタリスト。本名は安保一生。和久と同様にWANDS加入にあたり芸名を変更した。愛称「すぎーにょ」(※すぎーにょの愛称はWANDS解散直後からの愛称)

WANDSのイケメン枠はギタリストなのか。。。すぎーにょもイケメンである。

第3期のメンバーのデータを探すのが大変なので、もう一度同じYouTube動画を使うのをお許しいただきたい。
使っているギターは、世界的ギターアンセムであるスティーブ・ヴァイモデル、ソロを弾かせれば、ギターキッズたちが涙目になって覚えるテクをひたすらに弾くというスタイルだ。初代ギタリストの柴崎がスタジオワークの技術に裏付けされた玄人志向だが、杉元はギターキッズがひたすらにがんばったことが結果につながったという根性論志向(言い方が悪くてすまない)だ。ボーカリストと同様に、初代と2代目はプレイイングは方法論が全く違う。CDの中で演奏されている音を完全コピーしようと思うと、柴崎のプレイイングは表現に悩むが、杉元のプレイイングはテクに悩むという違いがある。
なお、杉元は、世界的少女ギタリストYoutuberであるLi-sa-X

の父であるという噂があるが、真相は不明である。杉元は自身の公式TwitterにおいてLi-sa-Xのニュースを、しばしばリツイートする。なかなかな親バカである。この噂が本当であれば、Li-sa-Xのギターテクは杉元のものに似ており、杉元が教え込んだものと思われる。あ。顔も似ている!

上原大史

2019年復活したWANDSのボーカリスト。第4期5期のWANDSのボーカリストになる。

このライブを見る限り、前任の二人よりはパワーで劣るものの、ロック以外にも表現力に幅があり、2019年現在の上杉の歌い方にもやや似る
第3期のWANDSがそうであったように、かつてのWANDSの姿にどうやって立ち向かっていくのかが見ものである。
柴崎は「上杉のいないWANDSに興味がない」とWANDSを飛び出したはずだが、柴崎はもどってきた。それを凌駕するものが上原にあるのだとファンとしては信じたい。
3代目ボーカリストもWで、しっかり「W and S」となった。さすが、長戸大幸(Be-ingグループ主宰で、Be-ingグループ各アーティストの総合プロデューサー)である。

第5期WANDSとは


第3期までしっかり追いかけていた僕にとっては、いきなり「第5期」というニュースは「どういうこっちゃ」となりました。
ニュースによると

  • Vo. 上原大史
  • Key. 大島こうすけ
  • Gt. 柴崎浩

を第4期として楽曲制作のみをおこなった期間とし、

  • Vo. 上原大史
  • Key. 木村真也
  • Gt. 柴崎浩

ステージアクトを行うメンバーとなり「第5期」と称する ということだ。うん。なんかしっくりこないぞ。
上原大史が一体どういった経歴で、どんなボーカリストなのかは全く不明ですが、

このステージを見る限り、幅のある表現力で新曲『真っ赤なRip』は、従来のデジタルポップ路線ではなく、少しブルースやJazzの要素をいれた楽曲となっている。WANDSとしては新しい試みだ。柴崎のソロも、過去のWANDS時代のものにくらべるとAOR(アダルトオリエンテッドロック)の要素を感じるプレイで、柴崎の本分が出た感じがする。良くも悪くも木村は昔のまんまだ!

しかし「真っ赤なRip」とは、またずいぶんおっさんなタイトルにしたもんだと思ったら、作詞は新ボーカル上原とのこと。ごめんなさい。。。
ボーカリストが作詞ということで、これもまた楽しみな一面である。

聞いておけ

この後に、第5期WANDSに演じてほしい過去の曲を書くが、その前に、過去のWANDS作品において、これは聞いておけというYoutube動画を書いておく。


『果てしない夢を』この曲はWANDS単体の作品ではないが、国宝級と言える曲だ。
ZYYG、REV、ZARD、WANDSというBe-ingを代表するアーティストが集った作品だ。だが、国宝級なのはそこではない。ギターソロのあとのリフレインにて、あの読売ジャイアンツ終身名誉監督である長嶋茂雄が歌っているのだ。それ以上は僕からは話すことができないが(いい意味でも悪い意味でも)、後世に残すべき作品である。


『世界中の誰よりきっと -ALBUM VERSION-』中山美穂feat.WANDSのWANDS単体版だ。上杉が本気でミポリンを倒しにかかりに来ている感がありありな1曲だ。上杉のボーカルはもとより、柴崎のギターの演奏も明らかに中山美穂バージョンよりよい構成にしているし、デビュー直後の木村も気合がはいっている。


『Don’t try so hard』 アルバム『PIECE OF MY SOUL』収録の柴崎作曲の楽曲。第2期終盤の事務所意向と、上杉の意向のすれ違いが全面的に出ている作品。デジタルポップ路線であるはずのWANDSにおいて、マイナー調でアコースティックな楽曲であり、ファンも好き派と嫌い派が分かれる。


『今日、ナニカノハズミデ生きている』 のちにGarnetCrowのメンバーとなるAzuki七作詞、当時rumania montevideoを結成していた三好誠作曲という、2000年以降中心的作家と作風を変えていったBe-ingの実験的シングルと言える。残念ながら第3期WANDSにおいて最後のシングルとなってしまった楽曲だが、第2期までを引きずることなく、第3期WANDSの集大成といえる構成であると思う。

第5期にやってほしい曲

僕個人が、第5期WANDSにやってほしい曲を書いておく。


『MILLION MILES AWAY』すでに上述の作品だが、上杉・和久のいずれの声でも音源が残されているので上原でも残してほしい。もし、第5期において音源が残るのであれば、大島こうすけが編曲をしてみてほしい。そうなれば、1期から5期をすべてつなぐ作品となる


『Don’t cry』 アルバム『Little Bit…』に収録 FEEL SO BADの川島だりあ作曲の楽曲。たとえば2019年現在の上杉が歌唱しても重みのない世界観であろう作品。若い上原が歌うから成り立つ作品だと思う。それをおっさんになってしまった柴崎と木村がどうもり立てるのかも気になる。

まとめ

ここまでWANDSの過去を振り返りながら、第5期をちょっと紹介した。
こうやって書いていると、圧倒的な存在である上杉昇とWANDSという関係がずっとそこにはあったことが見えてくる。第3期ではやりきれなかった、柴崎があきらめた上杉のいないWANDSの確立をしてほしいと思う。第3期当時にはなかった、YouTubeなどのメディアがある今ならできる気がしている。

WANDSファンがWANDS愛を語りました。現場からは以上です。